2018年03月27日
の信仰に目覚めた時で
まあそうでしょう。で、先生のモノカミ教だと直るんですか」
「直ります。それはあなたの信仰の結果として、おのずから直るのです。信ぜよ、さらば救われん、とモノカミは言っておられます」
「ほかの神様も教祖様も大概似たようなことはおっしゃいますがね」
「モノカミは信じる人間の中身を、心を変えるのです。その結果、病める魂は浄化され、病苦は太陽の出現とともに融《と》ける雪のように融けていくのです」
「そんなに効き目があるなら、寄附金もかなり高いでしょうね」
「モノカミ教団は営利団体ではないから、寄附金とか入信料とか、信徒を苦しめるようなものは頂戴《ちようだい》しません。勿論《もちろん》、敬虔《けいけん》な信徒が自発的に喜捨して下さるのを拒む理由はありませんので、そういうものは有難《ありがた》く頂戴いたします」
「じゃあモノカミ教と言ってもこの国にあるのとそれほど違った宗教でもないんだな」
校長は半ば安心し、半ば失望したように言った。
「それは根本的に違いますよ」とPは断乎《だんこ》として言った。「第一、モノカミはそのあなたのお世話になっている宗教の、お賽銭箱の中にいる神様とは違って、あなたや私、全人類を始めとして、あらゆる生命あるものを創造し、天地を、全宇宙を創造したのです」
「神様にはそれぞれ特徴があるようだし、得意な仕事も決まっているようです。そのくせ、お互いに仲が悪くてほかの神様のことを、あれは偽物《にせもの》だなどと、中傷しあったり悪口を言い合ったりしている。モノカミ教もそういうところはよく似てますね」
話を聞いているうちにPはこの一見愚鈍そうな人物がなかなか一筋縄《ひとすじなわ》では行かない相手であることに気づいた。ひょっとするとこれは小学校長という表向きの地位に隠れたある宗派の専門家なのかもしれない。そんなことを考えているうちに、Pはアマノン国の葬儀職を独占する僧の中には、哲学的素養もあり頭脳も明晰《めいせき》で宗教論議ではきわめて手ごわい相手となるものが少なくない、という警告を思い出した。
「お話をうかがっていると、あなたは案外したたかな懐疑論者かもしれませんね」とPは調子を変えて言った。「でも、論より証拠という諺《ことわざ》があるでしょう。私がモノカミの力を借りてあなたの病気を直して差上げましょう。本来は聖書すなわち『神聖契約書』に左手を置き、右手をあなたの額に当ててお祈りをします。するとモノカミの霊力が徐々にあなたの体に移転されるのです。残念なことに、私はここへ来る時に遭難して船も荷物も失い、『神聖契約書』も一冊残らず海のもくずとなりました。これもモノカミの思召《おぼしめし》でしょうが、それでも私の体の中には信仰によって蓄《たくわ》えられた霊力があります。これをあなたに注入して病気を直しましょう。ただし、この力があなたの体の中にあって効果を顕《あら》わすのは、あなたがモノカミへの信仰に目覚めた時です」
「そうですか。それではこの際そのモノカミに縋《すが》ってみることにしましょう。駄目でもともとということがありますから、とにかくなんでもやってみなくちゃ」
「まず試みることです。しかし商人がくれる試供品を使ってみるような具合みたいにカミの力を試すのは許されませんよ」
「それはもう」と校長は如才なく言った。「それほど図々《ずうずう》しい人間じゃないつもりです。それではのちほどそのおまじないをやっていただくことにしましょう」
今や晩餐会《ばんさんかい》はPが理解する限りでは「無礼講」以外の何物でもない喧騒《けんそう》と混乱に陥っていた。一番目立つ働きをしているのはボイに扮《ふん》した下《した》っ端《ぱ》の警官たちで、この連中は盛大に飲み食いしながら大声を発し、上役に抱きついたり、頭から酒をかけたりしていた。どうやらこういうことになるのは宴会の定石で、上役たちは部下たちが羽目を外して乱暴|狼藉《ろうぜき》を働くのをある程度黙認し、我慢しなければならないというのが不文律になっているらしい。この奇習は招かれた客にも及ぶものと見えて、やがてPもどさくさに紛れて酒の洗礼を受け、これにはお返しが必要だと判断したPは、自分も負けずに出席者の頭から酒をかけて回った。すると相手は一様にきょとんとして、何が起こったか理解しかねるという顔になった。
「あんた、外人にしてはなかなかやるじゃない」とボイ姿の警官が興奮して叫んだ。そして仲間と一緒になって、発泡性の酒を大瓶からPの顔目掛けて噴出させたので、Pもこれには堪《たま》らず、顔を覆《おお》ってそこいらを転げ回ったが、警官たちはそれをPのとっておきの隠し芸とでも思ったらしく、拍手|喝采《かつさい》しながらなおも攻撃を続ける。
ようやくこの集中攻撃から脱出して窓の方に這《は》っていくと